エソラことだま。 -臆病風のブログ-

どうせMr.childrenを書いてしまうんだ

箱庭 ~ Mr.Children『重力と呼吸』全曲レビュー⑤~

いきなりこんなこと書くのもなんだが、
臆病風(管理人)は歌詞解釈のブログなんて一体なんのために書いているのだろう。

誰に望まれるわけでもなく、誰に読まれるわけでもなく解き続ける、答え合わせのない国語のクイズ、いやひとり禅問答。
もちろん一銭にもなりゃない。
仕事の合間や睡眠時間を削って同じ曲を一日に何度も何度も聴きながら、「俺は何をやってんだろう…」って夜中にシャワーを浴びながらシャウトする。
ま、楽しいからいいんだけれど…

というわけで『重力と呼吸』歌詞解釈も中盤戦。
5曲目の『箱庭』は3分14秒の短い曲だ。

 

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ヒリヒリと流れる 傷口から染み出る
赤い血の色の悲しみが 胸にこぼれる

奇しくも ワタクシ先日ランニング中に躓いて転倒し膝をすりむいてしまった。
傷口からは赤い血の色の痛みが染み出て、ヒリヒリと流れ出た。
…という話ではなく、歌詞解釈だった。
曲は失恋を連想させるフレーズから始まる。
悲しみで胸が張り裂けそうな思いを、傷口から流れる血に例えている。

ジリジリ寂しさは 現実味帯びてくる
気づかぬふりはできない でも認めたくもない 

別れを告げられたときは、その現実を受け入れられずにいたが、
日に日に増す寂しさに、いつまでも気づいていない振りはできない。
でも、認めたくない…

 

きっと僕が考えていた以上に
小さな箱庭で僕は生きてる

ここでタイトルの『箱庭』登場。
箱庭とは小さな作り物の庭のことだが、この曲でいう箱庭とは何を指すのだろう。
きっと前のフレーズで表現されていた僕の心情、「別れた悲しみをなかなか受け入れられない、彼女に翻弄され続ける世界」のことを「箱庭」と歌っているのだ。
 もっと端的に「箱庭=君」と言い切ってもいいのかもしれない。

誰のための愛じゃなく
誰のための恋じゃなく
不器用なまでに僕はただ 君を大好きでした

 ”誰のための愛じゃなく~”は彼女への想いは「君のために」なんてカッコイイものではなく、ただ僕が一方的に向けていたエゴだっだという告白。
サビのラスト、どうして「『大』好きでした」と大の字をつけたのだろう。あえてダサい線を狙ったのか?

明日には明日の風が吹くっていうけど
今日の太陽を浴びたい 月に見惚れたい

 明日は明日の風が吹く=過ぎたことはくよくよするな!
今の僕は過ぎたことにこだわっていたいんだ。つまり君を思っていたいんだ。

 

いつのまに過ぎ去っていた誕生日
祝ってくれる人がもういないことを知る

そんな風に考えていて過ごしていたら、いつの間に僕の誕生日は過ぎていた。
祝ってくれる君がいないから、それすら気づかないじゃないか。

僕が君という箱庭からいつまでたっても出られないことを語るエピソードだ。

 

誰のための愛じゃなく
誰のための恋じゃなく
乱暴なまでに僕はまだ 君を好きで
残酷なまでに温かな思い出に生きてる
箱庭に生きてる

彼女への想いは”乱暴なまでに”まだ強く、
その思い出は”残酷なまでに”温かい。
そんなことを思い続けている僕は
まだ「君」という箱庭の中で生きてるんだなあ…

〈エソラことば〉
等身大の男の弱さと未練がましさを歌った『箱庭』。
リアル男性の臆病風が言うのも何だが、男って本当にこの曲のような弱い奴ばかりだと思う。
フラれてすぐ気持ち切り替えられる男なんてほとんどいないから。
この曲みたいに無意識に心の中に箱庭をつくり、そこに依拠することで悲しみを軽減させて生きている。
それが男ってもんだ。